せんとくんと三豊(復興版)

香川県三豊市の市長ブログ
市のHPから消滅していたのだが、貼り付けメール発見につき
記録。
<<No.62 (H20.9.19) 『 せんとくんと三豊 』
> 市長のちょっといい話  9月14日は中秋の名月でした
が、皆さんはゆっくりと秋の名月を楽しめましたか。
>  今年は8月17日に、みとよ青年会議所が主催するローカルマニフェスト
証大会があり、その整理と準備に少し時間をとられてしまい、仕事が後へ後へと
押してきて、猛烈な忙しさのまま9月定例議会になだれ込んだような状態でした
。9月10〜12日まで、18人の市議会議員さんからの一般質問を受け、12
日にそれを終
> えて、続いて学校関係の会議に出席し、最終の新幹線に飛び乗って東京へ行っ
てきました。そして9月13日に東京の三宅坂ホールで開催された「奈良ゆかり
フォーラム」に出席してきました。この三連休は市内の行事も多く、終了後は、
また最終に近い新幹線に飛び乗って帰ってきています。
>  ということで、この原稿は実は新幹線の中で書いているという状態です。以
上、何だか原稿遅れの言い訳みたいになってしまいました(笑)。
>  奈良ゆかりフォーラムは、「平城遷都1300年祭の500日前Startingイ
ベント」として開催されたもので、平城遷都にゆかりのある福岡県太宰府市長、
宮城県多賀城市長、東京都国分寺市教育長、それと私の4人が、それぞれの市の
アピールと平城遷都とのご縁を発表しました。三豊市は、平城遷都前の藤原京
瓦を提供し
> た宗吉瓦窯跡の縁でご案内いただけました。
>  荒井奈良県知事の開会あいさつに続いて、村上薬師寺執事長から、「歴史に
学ぶ平城京とゆかりの地域」と題した基調講演がありました。奈良県の担当者の
お話によると、「新聞広告だけで、あとは何もしていないのに」とのことでした
が、700人ほど入れる会場が満員の状態でした。年齢も若い方から年配の方ま
で幅広く、さ
> すがに東京だと参加者一同感心しました。 平城遷都1300年
祭マスコットキャラクターの「せんとくん」と  これもト
ップセールスと思い、大い
> に三豊市をアピールしてきました。
>  「今日は、大宰府多賀城国分寺のように、歴史的に有名な市と一緒に参
加させていただいていることに感謝します。三豊市は三豊郡の7町が平成18年
1月1日に合併誕生した新しい市ですが、これを機会にぜひ記憶しておいてくだ
さい。私たちは、先日サミットの開かれた洞爺湖町と友好都市縁組を結んでいま
す。そのご縁
> で、本市のおいしい桃を各国首脳夫妻に召し上がっていただきました。そして
その桃は「サミット桃」として販売し、大変ご好評いただきました。来年は皆さ
まもぜひご賞味ください。」と言った時は、会場中がワーッと盛り上がり、喜ん
でいただけました。
> 大いに三豊市をPRしてきました
>  その後、宗吉瓦窯跡を説明し、「10月18日にはシンポジウムを三豊市
開催しますので、ぜひこの機会に四国をご旅行いただき、三豊市にもお立ち寄り
ください。」と、ご案内しました。参加された3市のそれぞれのお話も大変参考
になり、勉強になりました。
>
>  荒井奈良県知事、薬師寺村上執事長、せんとくんをデザインした籔内東京芸
術大大学院教授、井上大宰府市長、菊地多賀城市長、松井国分寺市教育長と、フ
ォーラム開会前に昼食を一緒に食べながら懇談会をして、フォーラム終了後にお
茶を飲みながら再度懇談の会を持ちましたが、いずれのお話も新鮮かつ勉強にな
りました。皆
> さん、さすがに万葉集の歌にも詳しい!そして、それぞれの地に伝わる万葉集
の歌を大切にされ、まちのイメージアップに利用されています。
>
>  それにしても、1300年も前の時代の、天皇から庶民まで、どうしてこん
なに心にひびいてくる美しい歌が作れるのでしょう。言葉の旋律と語感はすごい
と思います。
>  荒井知事が、「人口が250万人程度の時代に、国全体で、なぜ人々がこん
なにエネルギーをもてたのか、それがどこから来たものか、不思議に思っていま
す。」と述べられていました。確かに、白村江の戦いに敗れ、友好国であった朝
鮮半島の百済は滅亡、日本は唐の侵攻におびえます。そんな他国からの侵略とい
う国際情勢の
> 緊張感も、その一因であったのでしょうか。
>
>  唐という大国からの侵略不安、国内のまだ律令国家が出来あがったとはいい
がたい政情不安定の状態、そんな嵐の中でも国家を背負って立ち続けた女性がい
ました。女傑などという言葉の範ちゅうでは表せない、決して投げ出せない逃げ
出せない想像を絶する重圧と闘った女性です。この女性が、今回のシンポジウム
で私たち三豊
> 市が、藤原京と宗吉瓦窯跡のご縁として焦点をあてる持統天皇です。
> 平城遷都にゆかりのある皆さんと
>
> 籔内東京芸術大大学院教授  鹿翁(ろくじい)  酒仙童子(しゅせんどう
じ)  阿修羅坊(あしゅらぼう)  鹿坊(ろくぼう)  一柳事務局次長
> 井上太宰府市長  横山三豊市長  せんとくん  荒井奈良県知事  菊地
多賀城市長  松井国分寺市教育長
>
>
>  10月18日、いよいよ三豊市でも宗吉瓦窯跡史跡公園
(仮称)のオープンに向け、この女性天皇に焦点をあてたシンポジウムを開催し
ます。ぜひ皆さんも気軽な気持ちで参加してみてください。
>  7月18日に設立された「宗吉瓦窯会(むねよしがようかい)」の活躍は、
このシンポジウムでも欠かせませんが、今後のまちづくりのあり方を示す意味で
も重要だと思っております。
>
>  1300年も前というと、私たちは、まだ未発達な人たちが生活していたよ
うに思いがちですが、今の私の素直な感想は、現代人よりもはるかに感性が豊か
で表現力があり、バイタリティに溢れた人間性を感じます。
>  皆さんもぜひこの機会にシンポジウムに参加され、1300年前の時代の空
気に触れてみませんか。
> 整備が進む宗吉瓦窯跡史跡公園(仮称)
> 復元16号窯跡        ガイダンス施設  万葉
集に柿本人麻呂によって歌われた次のような歌があります。穏やかで美しい瀬戸
内の多島美は、この時代から変わらず人々の心を癒し続けてきたのですね。
>
> 「百伝(ももづた)ふ 八十(やそ)の島廻(しまみ)を 漕ぎ来(き)けど
 粟の小島は 見れど飽かぬかも」  
> 柿本人麻呂
>
> 訳:瀬戸内の数多くの島を 漕ぎ廻り巡ってまいりましたが この粟の小島ほ
ど 美しい島はありませんでした
>
>
 http://blog.goo.ne.jp/masukomi-kakekomi/