展覧会の図録

確か4年前、奈良国立博物館で開催された「奈良の工芸」展のおりに、全く内容不明のポスターにまず疑問を持ち、
最後の日に出かけたものの、説明を知りたかったものの、会場内に図録はなく、てっきり制作されていないのだろうかと思ったところ、解説ボランティアの方が一生懸命に読みながら展観されているではないか。近代の歴史と相まった土産物発生史の証人のような展示も多く、たとえば、「橿原人形」などの解説を書き写す時間もないし、撮影も不可能であるから、図録を記録として手にいれたいとボランティアに案内を訪ねるのではなく、彼女が抱えている図録はどこで手に入るのかと尋ねた。
入口で販売していると告げられ、通常より長い階段を駆け下りて階下にたどり着くと図録は「閲覧用」として階下の入口にくくりつけられていたが、入口での販売は終了しているから、地階で購入する以外にないと告げられた。とても地階まで購入に出向いて帰還して展示を見て回るだけの時間はない。結局、展示が終わった後、別の日に残余の図録から購入したと記憶する。
解説ボランティアが配備されていれば図録は不要ではあるまい。
こうした分離状態の故に図録はその存在さえも知られることなく、重要文化財建造物の近代建築である旧館に至る長い地下廊下の奥にある売店に所在を続ける。

通常、展覧会王国・京都の展覧会では同一フロアーで図録が売られていて、展示の余韻を持ち帰りたいと購入して、後ではあまり開かないという場合もあるが、とにかく、一定の満足感を持って帰ることができる。

ある時に先に図録を入手して、ゴーギャンの展覧会を人を誘って見に出かけた。
何かおかしい。図録の色調、特に「赤」の発色がやや茶色がかっているのである。
ゴーギャンから色を抜いたら、あまりインパクトがないという新しい発見もできたのだが、以来、極力、購入した図録は実物の色合いと照らし合わせながら展観するようになった。
 
 情報源として図録はこのように念入りに扱われる。さらに、博物館の場合は常にしっかりした高精細印刷で、私が体験したゴーギャン展の場合のような”発見”の機会はないのだが、ここに加えられている解説が、ある場合には一度では理解できないほど深甚であったり、時代背景の知識が要求される内容であったりと奥深いのである。
  また、知悉している、何度も見かける仏像や工芸品であっても、レイアウトやライティングでその都度、新しい発見を得る場合もある。
 こうした出会いを支えるのは、解説ボランティアであるかもしれないが、独立行政法人の博物館に経済循環も与える図録の購入促進策でもあろう。図録を読んでも分からないから尋ねるということで理解はさらに深まる。
 
 かつて、「東大寺のすべて」という、その存在に相応しい重厚長大な図録が制作されたこともあったが、概ね、奈良国立博物館の図録は重量にも配慮していて、電車の帰りにゆっくり余韻にふけりながら読むことで手首を骨折したり、落下によって足を痛める心配もさほどない。
 
どうして、図録を館内に配備しないのか、かつて、旧館をエントランスとした展覧会においては入口と出口に図録やグッズ販売所があったと思う。
 これが地下廊に大きな売り場ができることによってそっくりこの地下廊の売り場に
委ねてしまった感がある。
 
 南都仏教は仏教伝来の国際的旅路とともに国家創成に賭けたさまざまな人々の情念、特に、紀元前からの大帝国ペルシャ崩壊、百済滅亡といった西ー東アジアの大動乱を反映した多民族多文化共生と融合を伝える。
 
 こうした仏教美術もさることながら、この長い歴史の中で培われた工芸、さらには伝統芸能や神仏関連の祭礼という無形民俗芸能となると「言葉」の助けを借りなければ
十分理解し、また、他の人々と共有できるものではない。

 ある時にHPで韓国と日本の考古遺物の公開比較シンポの開催を見かけて出向いたのだが、ここでも参考資料としての図録は所在していなかった。

それにして も、図録は、税金を用いて制作されているのに、展示空間に置かれないのだろうか。
以前、漆芸の選定技術保持者である北村照斎氏の展覧会では会期の初期に、奈良女子大の裏門近くにある長春亭で学芸スタッフたちを誘った副館長にお会いしたのでお伝えした。最後の日に見にいったときには展示室に、この館としては、珍しく図録がおかれ、よく読まれたのであろう手垢がまんべんなくどのページにも付いた様を実に嬉しく思い、購入しようと思ったが、図録は完売したとのことで私は入手できなかった。

書籍販売ネットの中に廃刊本を再発行するために賛同者を募るという
サイトがあったと記憶する。よく似た趣旨のサイトを参考までに挙げる。
http://hisashim.livejournal.com/407058.html

この漆の輝きをエレガントに再現した、適度な大きさのキュートな図録を
ぜひとも再販していただきたいものだと思う。

解説ボランティア養成に意を用いるのも地域貢献の一つであろうが、図録というGUIはいつでもどこでもだれでも博物館の余韻を味わい、あるいは未知・未踏の潜在的観客を誘う、絶好のユビキタスな存在なのだということ、2月から始まる「お水取り」の展覧会ではぜひとも会場内にソファーなどとともに置き、来場者たちの手垢にまみれさせていただきたいと思う。