写真展 小川晴暘と奈良 飛鳥園のあゆみ

奈良県立万葉文化館
http://www.manyo.jp/gakugei/H22-asukaen-syasin.htm
写真展 小川晴暘と奈良 飛鳥園のあゆみ
 −小川光三・金井杜道・若松保広−

飛鳥園は、1922年(大正11)写真家小川晴暘が、美術史家で書家・歌人としても知られる会津八一の熱心な勧めを受け、仏像など文化財の撮影を行うため奈良に創業され、以来88年間にわたって奈良とほとけたちを撮り続けてきた。晴暘の没後50年目にあたり晴暘にはじまる飛鳥園の歩みと、父晴暘の跡を継ぎ仏像写真の第一人者として活躍する小川光三、飛鳥園出身の文化財写真家金井杜道、現在も飛鳥園に所属する写真家若松保広の写真に焦点を絞り紹介。
会場で日本画家である瞳夫人とともに訪れた小川光三氏に遭遇。「南京図巻」は戦後の物資のない時代、飛鳥薗の裏庭に食用にさまざまな種類のかぼちゃを植えていた。画家を目指していた光三さんが写生をしていると
「面白そうだ」と晴暘氏が描き始め、その速いこと。かつ、実物大の大きさで克明に描いていった、と思い出を話してくださった。
中国雲岡石窟(うんこうせっくつ)[石窟寺スケッチ]の一部が飛鳥園でかつて展示され、その気魄に感銘を受けたが、全巻の展示はまさに壮観。しかし、小川氏によると展示のために分断されており、かつてのカーペットのような巻子状態の方がさらに”圧巻”そのものだったという。
写真家である前に画家であったという創業者・晴暘氏。モノクロームの技術を究め、光三氏はこれに「色」を加え、その弟子・金井氏は仏像を仏師たちのまなざしを再現するかのように写し出し、阿修羅の多様な側面がそのまま立体的に構成されて本体とともに東京国立博物館などの数十万人の来場者に感動を与えた。さらに、奈良南部の霧に煙る四季を描いた若松作品は88年の写真から、仏像の歴史の舞台となった奈良の風土へと来場者をいざなうのである。26日まで。期間中無休。
【中国/雲岡石窟(うんこうせっくつ)】http://www.mochi3.com/sekai/sekai-386.html